【キングダム】春申君の最期とは?暗殺された理由を紹介

キングダムで春申君の初登場は第259話。
李牧は合従軍を興すために楚の宰相である春申君と極秘に会談をおこなっていました。
その後合従軍を興して、秦に攻め込むわけですが、春申君。

最期はどうなるのでしょうか?

今回は楚の宰相で最後の戦国四君の一人である春申君の最期をみていきましょう!

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楚王考烈王の死

紀元前238年楚をまとめあげていた考烈王が崩御。




楚王の考烈王は長年跡継ぎに恵まれませんでした。

崩御する二年前にやっと生まれた子供。
その子供は現在二歳。
考烈王の後を継ぐのはその二歳の子。


しかし実はその楚王を継ぐ子は

考烈王の子供ではなく、春申君の子供でした!

考烈王には一人弟がいました。
次期楚王は通常であれば、王弟が継ぐはず。

しかしそれができない理由がありました。


王弟は異常な問題行動を度々起こし、それは王宮内でも問題視されていました。
その王弟が次の楚王になれば、楚は転覆することは目に見える。

そのため考烈王・春申君とそして春申君の子供の母親の兄である李園。




この三人で王弟ではなく、春申君の子供を次の楚王にさせる計画を立てます。


そして考烈王が崩御し、計画通りであれば、春申君の二歳の子供が王位を継ぐはずでした・・・。

⇒春秋戦国時代の戦国七雄の王の名前一覧


春申君の最期と暗殺された理由

計画が順調に進んでいる中で、これに異を唱えたのが、春申君!
一転王族の血脈を途絶えさせることに反対します。

ここで春申君と李園は対立!

お互いに刺客を放ちます。

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春申君と李園で生き残ったのは・・・李園でした!


春申君にも突如最期が時が訪れます。
雨の中で馬車を待っていた春申君が暗殺されてしまいます。




楚の宰相にして、最後の戦国四君の一人。
そして各国に名を轟かせた春申君の最期は王位継承権に巻き込まれる形で幕を閉じました。


現在の楚は春申君が最期を迎え、李園の妹と春申君の子供が次の楚王に即位しようとしています。。


春申君が暗殺されてしまった理由は?

春申君が暗殺された理由は

春申君が王族の血脈を途絶えさえることを反対したため
計画を立てた李園自身のため
偽りの子供を産まされた妹のため

という理由がありました。


王弟を王に即位させたら、李園と妹は破滅ですからね
すぐに消されてしまいます。

そのため李園には春申君を暗殺することでしか、生き延びる術がなかった。

この李園!
今後楚が登場するときにキーパーソンになりそうですね。


当然李園は史実でも登場しますし、この王位継承権の問題は史実通りに進んでいます。

史実だと李園はもう少し欲がある人物のイメージがありますね。

キングダムでは意外とそれほど強欲といった感じには見えませんでした。
結果としては李園は宰相となっているため、計画通りかもしれませんが。


さいごに

楚の宰相で合従軍では総大将もつとめた春申君は王位継承権に巻き込まれて、最期を迎えました。
合従軍の戦いでも李牧並み?の知略があったために楚として大打撃ですね。

現在の楚の体制は宰相に李園と媧燐の二人がついています。
媧燐は生粋の武人。

そのため今後楚は李園が動かしていくことになりそうですね。
楚王はまだ二歳なので。

キングダムでの登場はまだだいぶ先になるとは思いますが、李園がどういった形で登場するのか?
非常に楽しみではありますね。

⇒楚の大将軍と武将一覧!項燕や媧燐を紹介

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