【キングダム】司馬尚(しばしょう)の史実での活躍と最後を紹介

キングダムで趙国の青歌城の城主司馬尚(しばしょう)!
秦の鄴攻め(ぎょうぜめ)の前に突如現れた燕軍のオルドを見事に撤退させました!

その実力は未知数ではありますが、李牧が三大天に要請しているということなので、三大天級の力を持った武将と思っておいていいでしょう!
今後秦の脅威になることは間違いありません。

その司馬尚(しばしょう)ですが、史実では実在するのでしょうか?
また史実でどのよな活躍をみせたのでしょうか?

今回は趙軍の司馬尚(しばしょう)を追ってみました。

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司馬尚は史実で実在する武将?

キングダムで侵攻する燕軍オルド将軍を撃退するために現れた青歌城の城主司馬尚!


この司馬尚は史実でも実在する武将です!


紀元前236年王翦を総大将に20万人の大軍で趙に侵攻していた秦。
その最中に東部から突如現れた燕軍のオルド将軍!

燕軍は次々と趙の東部の城を落としていく。
そしてオルドが次に狙うのは青歌。

しかしこの城には司馬尚がいました!

この司馬尚はどんな人物なのか?
趙軍でも知っている者が少なかったようですね。

司馬尚とは・・・

病を理由に李牧からの三大天の打診を断っている人物

現三大天は李牧と龐煖の二人。
最後の一席は明かされていませんでした。
正式に任命されていないとはいえ、三大天の一人が明かされましたね。

あまり趙国のために働くといった人物ではないようです。

⇒趙の三大天は李牧・龐煖・司馬尚?


しかし司馬尚は三大天の名にふさわしい力を発揮!

オルド軍二万を五千の兵で撤退させます。

キングダムでは今後三大天の一人である龐煖が討たれることがあれば、趙は李牧と司馬尚を中心に物語は進んでいくと思われます。


ただこの司馬尚は史実では非常に登場が少ない!

司馬尚が登場するのは紀元前229年に王翦・楊端和・羌瘣の大軍を迎撃したのみ。
司馬尚は李牧と共に秦軍を撃退するよう、命を受けていたので、すでにかなりの功績を上げていたと思われますけどね。


司馬尚の史実での活躍

司馬尚は李牧と共に秦軍を迎撃

秦は紀元前229年王翦・楊端和・羌瘣で趙の王都邯鄲を攻める。
趙は李牧と司馬尚を迎撃に向かわせます!

王翦は井陘を落として、邯鄲を狙います。


李牧と司馬尚は秦の侵攻をかなり防いでいたことが予想されます。
苦戦した王翦は策を施します。

王翦は趙の大臣郭開を買収。
郭開は王に李牧と司馬尚が反逆を企てていると進言!
将を変えるよう趙王に伝えます。

⇒郭開は趙を滅亡させた原因を作った人物?史実での最期とは?


この時の趙王は幽繆王!
悼襄王は紀元前236年に亡くなっています。

郭開の話を受け入れた幽繆王は李牧と司馬尚を更迭。

李牧は拒否したため後に処刑
司馬尚は将軍職を剥奪、庶民に落とされる

司馬尚は最後は自身の身を案じて、趙から逃亡しました。

⇒李牧の史実での最後は?信との戦いの結末も紹介


さいごに

司馬尚は史実での記録が非常に少なく、活躍は

紀元前229年に趙に攻める秦の王翦・楊端和・羌瘣に応戦

したことくらいしかありません。


ただキングダムでは今後李牧と共に秦と戦っていくでしょうね。

龐煖は軍略を持ち合わせてなかったため、武のみでしたが、おそらく司馬尚は武も知も持ち合わせた武将のような気がします。
趙を滅ぼすまで、司馬尚とは激しい戦いが続きそうです。

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