【キングダム】趙奢(ちょうしゃ)の史実で活躍と趙括との関係も紹介

キングダムで趙奢(ちょうしゃ)は廉頗・藺相如と共に三大天の一人に数えられる伝説の名将。
元は武将ではなく、役人だったところから戦場でも武功を積み上げていき、最終的には廉頗・藺相如と同じ位の馬服君にまで登りつめました。

しかしキングダムで趙奢(ちょうしゃ)はすでに故人。
回想などでも登場したことはありません。

今回はその趙奢(ちょうしゃ)は史実でどのような活躍をしてきたのかみていきましょう!

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平原君に見出される

趙奢は元々は武将ではなく、役人。
民間人の田となっている土地の税を管理していた人物でした。

あるとき趙奢は平原君から税が徴収されていないことに気づきます。
趙奢は平原君の配下9人を法を犯した罪で死罪にしてしまいます。


これに対して激怒した平原君。
趙奢を呼び出します。

しかし趙奢は臆することなく

法に従ったまで
王族こそ法を守る見本となるべき存在
法を犯すと趙国の衰退につながっていく
など

を伝えます。


平原君は趙奢の言動に感服し、恵文王に趙奢を重用するようにすすめます。
そして趙奢は趙国の税を取り仕切ることになります。

趙奢は王族から民間人まで分け隔てなく、税を徴収したため、趙国は豊かになったと言われています。


趙奢が将軍に任命される

趙奢はその後将軍に任命される。
将軍になった後の紀元前280年には斉の麦丘を落とすという武功をあげます。

元は役人だった趙奢はそれからは武将として猛威を振るっていくことになります。


閼与の戦い

紀元前269年秦軍は総大将胡傷に命を下し、趙の閼与に侵攻。
趙では胡傷から攻められる閼与を助けにいくかどうか議論になります。

廉頗と楽乗の意見は一致。
閼与へは道が険しく助けに行くのは困難という結論に達します。


しかし趙奢だけは勝算はある。
助けに行くべきと訴えます。
閼与への道は険しく、道幅は狭いが、一対一の戦いとなるため、勇敢な将がいる方が勝つと唱えます。

恵文王は趙奢の案を採用。
総大将趙奢にし、出陣させます。


趙奢は即座に閼与へ救援には行かず、邯鄲から30里の場所に拠点を築く。
また秦の間者たちも、もてなして、送り帰した。

そうして大いに秦を油断させておいて、閼与へ救援に向かった。
これにより秦軍は敗北を喫した。


閼与はキングダムでは鄴攻めで王翦軍が侵攻していますよね。

⇒胡傷の史実での活躍を紹介


趙奢は馬服君に封じられる

閼与の戦いで秦軍相手に武功を上げた趙奢は馬服君に封じられます。
馬服君は廉頗と藺相如と同じ位になります。

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廉頗・藺相如・趙奢
キングダムでは三大天の完成ですね。

秦や他国はこの三人がいる間は趙に侵攻することができませんでした。


趙奢は廉頗が拒んだ閼与の戦いで趙を勝利に導いていますからね。
廉頗と同じ位になったとしても不思議ではありませんね。

⇒趙の三大天は李牧・龐煖・司馬尚?


趙奢と息子の趙括の関係

趙奢の息子は趙括は幼少期から兵法などを学んでいました。
しかし趙奢の趙括の評価は非常に低く

趙括が将となれば、趙は滅ぶ

とまで趙奢には言われていました。


趙奢は最後まで妻に趙括を将にさせないようにと遺言でも伝えていました。


しかしその後長平の戦いで趙括は廉頗の後任として、総大将となりました。
この総大将の交代で趙軍は秦軍に大敗してしまいます。
趙括が将となったことで趙は白起により兵40万斬首されるという悲劇を招きました。

⇒白起将軍の史実と最後を紹介


趙奢は正しかったですね・・・。
ただ大敗は喫したものの趙奢の遺言を聞いていた妻は、もし敗北しても一族に危害が加わらないようにしていたため、一族は無事で済んだ。


実は趙括はキングダムでも登場しています。
長平の戦いで廉頗から趙括に変わり、趙括は突撃を仕掛けるが・・・

王騎に一刀両断にされました!

これは副将の身で趙の総大将を一撃で討ち取ってしまう王騎がすごいんでしょうけど。

⇒王騎将軍は史実で実在する?王齕とは同一人物?


さいごに

趙奢はキングダムでは登場はありませんが、史実では目覚ましい活躍を遂げています。
代表的な功は紀元前269年の閼与の戦いですね。

キングダムでは廉頗と藺相如と共に三大天の一人になっていますが、史実でも廉頗と藺相如と趙奢は同格の位になっています。
現在のところ趙奢とつながりのある人物がいないため、回想などでも登場する可能性は低そうですね。

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